いちゃもんスローライフ

地球の声を聞きませんか

家族物語 日記

おもいこみ

2018/02/10

幼少のころから父や亡くなった明治生まれの祖母などの話し相手になっていた。理解できないところがあれば質問するなど振り返れば会話時間は誰よりも多かったかもしれない。夫にも同様で「よく話が尽きないね」などと言われている。疑問が湧いてくれば納得するまで考え続けている。疑問点が次々に繋がってきて全容が明らかになってくるときの面白さも意欲の源なのかも知れない。分からないことが分かってくるというのは魔法のようだなとも感じた。分かった時とそれ以前では明らかに違うのだから。相手(人や物質)に対する理解も深まる。その点では交流してよかったと思う。けれども私には面白くてもそれが嫌な人もいる。私に関心のない人に例え私が情報を共有したり理解を求めても迷惑になるだけで、押しつけ行為であり、欲求不満の承認欲求の強いおしゃべり女という認識を持たれるだけなのだ。また特に元気な時ほど気の強さは相手への圧迫となり居るだけで困らせるということがはっきっりわかった。今までそうかもしれないなとは少しは感じていた。でもアクションを起こさない限り影響を与えるはずはないと思いこんでいた。黙って居ても穏やかな存在でないということを指摘されて残念な気持ちだったが妙に納得できた。喋らなくても内的に会話してる時が多いからだ。「無」でいることが少ない自分であった。それが伝わっていたのだと思う。

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