いちゃもんスローライフ

地球の声を聞きませんか

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野良仕事をしながら考える

夜間は結構な雨が降っていたようで、今朝は外遊びを楽しみにしている飼い猫も庭に出ることなく引っ込んでしまった、と夫が言った。昨日は今か今かと降りそうで降らなかった一日で野菜への水やりも少しだけにしていた。それでも草を取るのにしゃがんで手を動かしながら、浮かんでくるイメージについて考えを巡らしていた。春先は菜もの類が育ってない時期で冬越しの白菜の菜花がいつも活躍してくれた。よそのお宅ではとっくに引き抜いてしまって見かけないが私はぎりぎりまで菜花を取り続ける。けれども昨日はさすがに「ことしも長いことありがとう、おいしかったよ、ばいばい」と根元に鎌を入れてそこを次の作物のために耕した。花が咲けば種をつけようとするのだが蕾を摘んでしまえば花が咲けないのでそれを果たせるまで延々と蕾がどこかに発生する。花を育てるにも(例えばマリーゴールド)一株の苗を大きくするには最初のころの花弁を惜しがらずに摘み取ってしまうということなどは常識だ。種の保存に本体を向かわせてしまうと寿命が短くなってしまう。ひ弱な株ですら実をつければ、お役を果たしました、とばかりに沢山の花を咲かせなくても枯れてしまうこともある。キュウリなども取り忘れて地面あたりに大きくなって種ができてしまうほどの物を放っておくと早々に木が弱るものだ。ところがひとつ残らず小ぶりなうちに収穫し続けて施肥を続けていくと丈夫で長持ちしてくれる。全ての作物に当てはまるものではないが、痩せた土地に植えられた作物も丈が小さなうちでも花をつけるのが早く、寿命も短い。このような植物の習性を人間に当てはめながらあれこれと昨日は畑で考えていた。そして今日はお気に入りのカラーを手入れした。見ごろを過ぎた白い花弁を切り取った。これも次々と新しい蕾を増やしていくためだ。カラーの株は見るたびに大きくなっている気がする。そして蕾も脇の方から伸びているのが見える。庭の裏手の方に廻ってみると今年もウドが大きくなっていた。これは伸び放題で食べごろはとっくに過ぎてしまっていた。「ウドの大木か」と思ったが生命力が魅力的だ。

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