いちゃもんスローライフ

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雪のあさ

2016/12/16

昨日は実家の父が生きていたら九十三歳の誕生日だったが、すぐ近所のおじいさんが九十歳で亡くなられた日でもあった。知らせを受けて早々に焼香してきた。そのおじいさんは乱暴者で知られていた。義父も子供のころ酷い苛めにあって、川に流され死にかけたという。かつて、男性は力が強いのが魅力とされて弱肉強食の世界では有利な条件だった。義父は病弱で体格も劣っていたので頭の良さで勝負するしかないと思ったようだ。屈辱を受けることで、何かで強くなりたいと奮起するきっかけとなり、見返してやる、という負けず嫌いな性格が勉強に向かわせた。頑健さはなかったものの長生きし、終生学びには相当の自己投資を止めなかった。義父の遺品の書籍や電子機器の多さに驚いたものだった。それらも処分され、同時代の方々が亡くなり、そのようなことが昔話となったいま、古い時代が終わっていくのを感じる。誰かのようになりたい、なりたくはないとも思うこともなく、湧いてくるままに生きてみたいと改めて感じている。だから同じ生活スタイルをなぞるように繰り返したくはないのだ。好機到来の気配に期待感が湧いてくると同時に失われていく何かに不安のようなものも感じるのだ。まだ踏み入れたことのないところを開拓する前の戸惑いに似た緊張感でもある。それは雪のあさの凛とした肌寒いきらめきのようだ。

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