いちゃもんスローライフ

地球の声を聞きませんか

日記

再び『花と蝶』

2020/01/04

花と蝶の関係性について今度は真っすぐに向き合おうと思っている矢先に、「受粉は蝶よりも蜂でしょ」と勝手に別の情景が浮かんでしまっている。もしかしたら蝶のほうが美意識に訴えるのに有効であるのかもしれないが働きとしては「受粉者」である蜂やコウモリ、アブや鳥でも良かったのではないか、などといちゃもんをつけている自分がいる。とにかく花と蝶のほうが映像としては映えるし私もそれで納得している。さて、無心ということと合わせていのちの働きについてあれこれ考えていた。『花と蝶』を見るまでは「親鳥とひな」「男と女」「母親と乳児」などを追って双方は生命活動において実にうまくしくまれているものだと考えていた。小学生の時に塾の先生が飼いきれなくなったチャボのつがいをくれたのだが、それを育てた経験がある。親鳥と孵化まじかのひな鳥は互いにサイン(ひなは小声で鳴いたと思う)を出し合うよう殻を双方からつついて卵膜からも無事抜けれ出れば孵化終了となっていた。では母親と乳児はどうかというと、母親主導というわけにもいかなかった経験がある。乳児はおっぱいが欲しいときは口をもぐもぐさせているし(気づいてもらわなければやがて泣く)それをみておっぱいを近づけると首を回して乳首を探し吸ったり飲み込んだりする。その様々な反射(吸啜反射)は学習によるものではないことは明らかだ、最初から出来てるので経験によるものではなく、いのちの働きとして組み込まれ生まれている。母親の方もその時々に授乳をせずにいると乳房の中の母乳は古くなるようで乳腺を詰まらせる原因になって炎症を引き起こしたりする。でもはたらきが活発ならば母乳は吸われなくても噴射するように外へ排出されてしまう。夜中の授乳要求に反して赤ちゃんを泣きっぱなしにしたことがあったので分かるが、乳房は赤ちゃんの授乳のためにどんどん膨らみ限界にくると痛くなり、衣服は漏れた母乳でびしょ濡れになって着替えなければならなくなった。どちらにせよ生きるためのはたらきとして備わっているのにそれを無視したり逆らえば都合がわるくなり、生きる力を阻害していくことになるようで、赤ちゃんにおっぱいを吸ってもらうことが子宮の収縮を早め母体の回復も早くなると言われている。最近読んだニュースのなかで、花は蝶が近づくと花の蜜の糖度をあげていた、という研究結果を出していた。それを見て、「これはもう運命みたいなもので一体不可分の関係か、仕組みってすごい」と急に運命論者になったようにあれこれ思考することが面倒臭くなってしまった。では「男と女」はどうだろう。これについてはほとぼりが冷めたらまた考えたい。

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