いちゃもんスローライフ

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家族物語 日記

しあわせを後回しにすること

お盆に次男が私の実家の母に会いに行ったという。どんなだったか色々な事を報告してくれた中に親族の従弟の話題があった。子供のころは一緒に遊んだりしたが今は会うこともない。彼の祖母はもう百歳位になるのだろうが今も施設で元気に暮らしているようだ。彼はその祖母に質素倹約の教えを受けて育ったのだが今では相当の浪費家となっているらしい。親族からの評判はよろしくないが私は彼の家族の影響を受けてきた前提も考えると良しあしで割り切れるものではないと思っている。彼といえば新車のスポーツカーを自損事故で運転三日目でダメにした過去が印象的だ。お年玉や祝い金を貰うたびに祖母から「貯金しておくんだよ」と言われ続けていたのを知っている。とうとう「大きくなったら買うんだよ」を実現したのだが何百万ものお小遣いが三日で飛んでしまった訳で、その出来事に密な親戚づきあいをしていた私たちは一同に驚いたものだ。コツコツとお金を貯めながら未来の喜びを信じるという観念的で些細なものを我慢の糧にしてきたのか分からないが、幸せをその都度後回しにすることで叶わぬ夢は相当大きく膨れ上がっていたものと思われる。従弟は両親を亡くし大きなお金を手にした後には祖母を施設に入れて家を建てた。室内に作った洒落たクルマのショーケースを眺めながら又は何台も所有しながらそれを趣味としている。家を祖母に見られないように帰宅させることはないようだ。「今が幸せならばいいんだ」という考え方や生き方を言葉通りに推奨する人はそう多くないと思う。しかし昨日と今日はあっても明日の保証もないのに今日の幸せを諦めても良いのだろうかと自分に問えば今も幸せでありたいというのが本音だろう。そして「今」を喜ぼうとする人は今日が終わって明日になってもその先も「次に来る今」を喜ぼうとするに違いない。幸せを後回しにすることは「今」を感じれるはずの心身の感性を狂わせ(体は今に生きながら意識は未来にとんでいる)本音を遮断することを繰り返していくうちに何が幸せなのか分からくなっていく。観念上だけの幸せもどきに引っ掛かるということは自分を日々だまし続けている結果でもあり、自分を騙す人は他人をも騙せる人なのだ。

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