いちゃもんスローライフ

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家族物語 日記

面子

面子とは光に反射している様をいう、と解説している人がいた。古い言い方で荒御魂であるなどと聞きなれない表現のほかオキツカガミをいう、とも。言葉から想像したイメージが色々と浮かんでくるものではまず光に照らされた面、つまり外面は他者が見るもので物本体の内容は不問のまま。光があって存在は浮かび人の網膜に届く理屈からすれば、光っている表面を注目させて形を認識させれれば表現出来たといい、露出度が認知度に反映される。この場合多くの他者は殆ど見せられた部分を全体と判断しがちで、見た、会った、交わした、分かったというのかも知れない。だから人は鵜呑みにする、誘導される、上辺で判断する、見た目は大事、第一印象で勝負、人目を惹くやり方等々が適用されて様々な分野に活用され度が過ぎると偽装も横行していく。もしかしたら騙しあいの中ではすでに偽装も死語になっているかもしれない。こうなってくると他人目線にどう映っているかに関心が行き、もしくは他人の視野空間に心をおいて暮らすことが多くなっていく。周りから理解されない様な言動をすると「げえぶんわりいからやめろ」外聞が悪いから……と窘められたことが子供のころからあったが、内容よりも外聞に重きを置かざるを得ない環境はずっと昔からあった。外聞の良い人間になって欲しいという圧力は十分承知していたが本質に目覚めればどうでもよいことのようになっていった。もちろん面子に囚われなくなっている。

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