いちゃもんスローライフ

地球の声を聞きませんか

家族物語 日記

日本語Ⅴ

人々の共通認識を支えているものはやはり言葉だと思う。同じ場に居合わせて同様の景色を見たとしてもどんな情報を共有しているのか言葉(会話などを通して)を交わさない限り認識しあうことは出来ない。「あれ見た?すごかったね」などと経験し記憶したものを確認してからでなければ認識の共有の有無が分からない。そういえば見た夢も記憶に残すのには口に出すか記述しておかないと二度と思い出せないということがよくあった。確かに見た、はっきりと見た、と思っていた夢でも復唱しておかないと不思議と忘れてしまう。どうしてあっけなく忘れ去ってしまうのだろうか。自分は夢を見た主体である筈だが見せられた客体であるような妙な感じであり、それは情報発信者のようで受信者でもあるようだ。同一存在の中で内容を確認しあっているような過程を経て記憶が定着したという経験をしてみて、これもやはり言葉の力であると実感している。見たり聞いたりしたものを張り付けておくのには言葉が必要不可欠であるようだ。

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